「基地騒音 : 厚木基地騒音問題の解決策と環境的公正」  書評


> 新刊の紹介 <
 
 「基地騒音 : 厚木基地騒音問題の解決策と環境的公正 」
/ 朝井志歩著. – 初版. – 東京 : 法政大学出版局, 2009.8. – (現代社会研究叢書 ; 3). – ISBN978-4-588-60253-5 : 5800

◇ 本書は基地騒音をテーマとする日本最初の学位論文であろう。著者朝井志歩(アサイ・シホ)は法政大学大学院社会科学研究科で環境社会学を専攻、居住する座間市で厚木基地騒音を日常体験し、環境社会学の観点から基地騒音を研究し、2008年本書で博士(社会学)の学位を取得した。現在法政大学等で非常勤講師をつとめている。

 著者は第1章で基地騒音についての先行研究を概観し、受益圏、受苦圏など環境社会学の基本概念と方法を吟味し、第2章で旧日本海軍基地から、朝鮮戦争後の米海軍基地化への厚木基地の歴史を概観、1日飛行回数が平均788回、発生した墜落事故は205件、うち62件は死者が出たという、痛ましい基地災害の歴史を説明する。1960年大和市の自治会が「厚木基地爆音防止規制同盟」(爆同)を結成して騒音訴訟をおこした。

 小松、横田、嘉手納、普天間、厚木のいずれでも「騒音は受忍限度を超えて違法」との判決で損害賠償を命じ、違法の限界もW85からW75まで広げられたが、飛行差し止め、将来分の損害賠償は認められなかった。司法判断は騒音の軽減をもたらすには及ばず、著者は「司法制度は、誰を、何から救済するために存在するのか」という根源的な問いを発する。

国は「騒音対策を進めている姿勢」を示すために、30年間多額の費用を投入して防音工事を施したが、防音効果は少ない。代替施設への移転という騒音対策として、NLPを三宅島や大黒神島へ移転する計画は住民の反対で挫折した。1991年に硫黄島へ移転されたが、厚木の騒音は依然として80デシベル以上1日604回と効果なく、結局米軍再編計画では岩国基地へ移転することになった。

 岩国基地の略史につづいて、岩国市と周辺自治体の移駐反対運動、岩国市の住民投票、移駐反対の前市長の再選、多様な住民団体の多様な反対運動の流れが解説された。新市庁舎建設の補助金35億円の凍結から市長辞職にいたる過程もくわしい。国の「利益誘導」と兵糧攻めによる「威嚇」は、原発受入れを強要する交付金政策の応用だという。

 国の騒音対策には、騒音発生源に規制を加えず、基地機能の縮小もせず、効果ない防音技術を施し、人口稠密地域から人口の少ない地域への移転を考え、計画に自治体や住民を参加させない、という特徴がある。しかし国は自治体の<同意>を必要としているから、自治体の同意が得られないときは強行しないという面もあるという。

 著者はドイツの外国軍事基地の状況について、環境保護運動、平和運動の流れ、1988年以後に頻発した墜落事故への抗議行動、ベルリンの壁崩壊後に飛行回数が88,000回から14,000回に減少し、駐留軍も整理縮小された経過を紹介した。しかし大都市フランクフルトから農村シュパンクダーレムへの移転は「受苦の集中的局地化」であり、被害者人口は減少するが、移転先住民の被害は増大するという。ドイツと日本の共通点と相違点がよくわかる。

 環境制御システム論では通常、制約条件がない0段階、制約条件が設定される1段階、環境の見直しを行う2段階、罰則などを伴う環境制御を実行する3段階という4段階の展開を考えるが、基地騒音については軍事システムに介入する第2、第3段階へ進めない。「航空機騒音に係る環境基準」は米軍用機に適用されない。政府が環境行政部局を設置し、住民団体が活発になれば、軍事システムに対抗できると著者はいう。

 最後に著者は29ページをあてて「規範理論」から基地騒音問題の解決策を求める。市や県には、米軍と自衛隊が基地を共同利用すれば、自衛隊への規制を媒介して米軍機へ「飛行制限」をかけることはできる、という意見もある。「代替施設への移転」については、移転先に「人がいてもいいから移転する」という神奈川県や市の立場と、「人がいないところへ移転する」という爆同の立場を対比し、前者は「個別主義」、後者は「普遍主義」の立場であるという。岩国への移転についても爆同は「移転先の地元住民の立場を考えると」評価できないとしており、宜野湾市が普天間基地を辺野古移設でなく県外・国外へと主張するのもこの立場であり、硫黄島やメガロフロートへの移転を求めるのも同じ立場である。綾瀬市は「基地機能の縮小」のために「米軍機の数の減少」を求めたこともある。爆同の最終目標は「基地撤去・返還」である。

各種解決策をみながら、著者は一貫して「受苦の総量を削減する」「個々人にもたらされる受苦を削減する」という普遍主義を主張し、「飛行時間、飛行回数、飛行方法などを制限し、配備される米軍機の数や機種などの基地機能の規模が適正かどうかを見直していく」必要を力説する。民主党政府の「見直し」政策はここまでいかねばならない。

 民俗学的な、関係者からの「聞き取り」が多く、社会調査の数字データとは違った効果をあげている。巻末の39ページに及ぶ厚木と岩国の「騒音問題年表」がありがたい。

 基地騒音問題を科学的に考察した本書は、自治体や住民団体のための指導書であるとともに、アメリカの威圧をうけて基準が動揺している民主党政府への警告の書でもある。

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